翌日は、昼過ぎになってから母親に叩き起こされ、仮病も見透かされて言い訳もできず、結局仕方なく制服を着込むと背中を丸めてとぼとぼと家を出る羽目になった。
今日はとてもじゃないが学校へ行く気にはならなかった悠羽だが、家を追い出されて他に行くところもない。この時間に制服でうろつくと補導してくれと言っているようなものだ。破れかぶれな気分で学校へと足を運んだ。正門から堂々と入る気にはなれずわざわざ遠回りしてこそこそと裏門から入ると、昇降口で上履きに履き替える。
当然教室に向かうつもりなどはおきず、そのまま階段を上がって屋上を目指す。
と。
「……こんな時間に何をしている」
冷たい声が背後から聞こえてギクリと体をこわばらせ振り向くと、そこにいたのは強面の体育教師などではなく、齋藤靖一その人だった。
「……そっちこそ」
今、会いたくない人ランキング堂々第一位の人物だ。
自然と悠羽の声のトーンも下がる。
ぷいと目をそらしそっけなく聞き返すと、靖一が階段を上がってきた。悠羽よりも何段か下というところまでやってきて立ち止まると、
「俺はプリントを職員室まで取りにいくところだ」
あくまで冷静にそう返された。
「お前は朝のHRの時にはいなかったな」
そう言って悠羽のいでたちを上から下までなめるように見ると溜息混じりに続けた。
「今来たところか? 昨日からいいご身分だな」
「うるさいなっ、お前には関係ないだろっ」
あきれたような突き放した靖一の言い方にどうしようもなく反発心を抱いて声を荒げる。
「……授業中だぞ。声を抑えろ」
「……っ」
それも冷静に言い返されて悠羽はとうとう言葉を失った。
悔しさに涙が出てきそうだ。
優しくしたり突き放したり、一体何だって言うんだ。好きだと言ってはこっちの心をかき乱して。おかげでこっちまでおかしくなってしまった。
唇をかんで押し黙る悠羽に負けたと言うように、靖一は肩をすくめてみせる。
「わかった、俺も丁度話があったんだ。どうせ屋上へ行くところだったんだろう? 俺も付き合おう」
そう言うと自分はさっさと悠羽を置いて階段を上がっていってしまう。
「お、おい、お前、授業は?」
「俺はお前と違って一回くらい出なくても支障はない」
「……悪かったな頭悪くて」
「それに今は教員が出張とかで自習中だ」
それなら教室を抜け出して屋上にいてもいいのかといえばそれも違うような気がするが、悠羽がたしなめるのもおかしいので仕方なく黙ってついていくことにした。中庭は職員室から丸見えだし、教室棟の裏は日陰でじめじめしているし、サボるといったら他に場所も思い浮かばない。教室へ行くのが嫌なのならもうそこへ行くしかないのだ。
靖一のあとに続いてそのまま階段を上り、屋上へと足を踏み出す。靖一はといえば、悠羽を待たずにさっさと奥まで進んでいく。
頑丈な鉄の扉が閉まる音に押されるように、悠羽は彼の後を追って重い足取りでゆっくりと歩いていく。春の暖かい風が二人の間を駆け抜ける。
靖一は入り口から死角になる場所で立ち止まり、不意に振り向いた。
真剣なまなざしに思わずたじろぐ。
美しい容貌から目をそらすこともできずに上目遣いで睨むと、靖一がふっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「泣いたのか?」
「へ?」
何を言われたのかわからずに素っ頓狂な声をあげてしまった。今日はまだ一度も泣いていない。高校生にもなる男の自分が、そう何度も簡単に泣いてたまるか、と思う。
「目がはれてるぞ」
しかしそう言われて悠羽はしまったという顔で左手で自分の顔を覆った。
夕べ、確かにわけもわからず泣いたのだ。もう普通の顔に戻ってるかと思ったが、朝は叩き起こされたままろくに身支度をする時間もなく家を追い出された身だ。当然鏡などまじめに覗いてこなかった悠羽は、靖一にわかるくらい目がはれているのかと舌打ちをしたい気分だ。
「……失恋でもしたような顔だな?」
失恋?
靖一がまた宇宙語を話している。
悠羽はただ、靖一が冷たくするから……。
「あのあと、ずっと泣いていたのか?」
まるでいつどうして悠羽が泣いたのか知った風な口をきく靖一に疑いのまなざしを向ける。
「……っつーか、泣いてねぇし」
「……ふぅん?」
面白そうに鼻を鳴らして靖一が一歩踏み出る。思わず悠羽が一歩引くと、靖一に腕をつかまれた。そのままぐいと引っ張られて悠羽はたたらを踏む。結局、二人の間はぐっと詰まった。
「つまらない強がりだな。とても泣いてないようには見えない」
腕を引かれ急接近したまま顔を覗かれ、そう言われて悠羽は思わず顔を背けた。
「何で、泣いたんだ?」
それを、悠羽自身も考えていた。
何故、昨日あんなにも涙が出てとまらなかったのか。
「自分のことなのに、判らないのか?」
「お前が帰っちまうからだろ!」
いかにも人を馬鹿にしたような口調で言われて、カッとなり、自分でも思いもよらなかった言葉が口を突いて出た。
「好き勝手人の心ん中かき乱しておいて! オレばっかりおかしくしといて、結局冷たく突き放して!」
激情に駆られるまま噛み付くようにただ叫んで、悠羽は靖一をにらみつけた。靖一はそんな悠羽の様子を驚いたように見つめている。
「お前はからかっただけかも知れないけどな! オレは……オレはお前を……っ」
「好きか?」
複雑に絡まりあった感情を言葉にできずに飲み込むと、静かに、そしてうかがうように、靖一が問う。
(……好き?)
それでもやっぱり、悠羽にはその言葉がうまく理解できない。確かに悠羽は靖一が好きだ。でもそれはずっと、友人として好きなのだと思っていた。叶や他のクラスメイトよりももっと親しくて、親友に対して抱くような、そんな感情。でも、親友にキスされそうになってドギマギしたり、冷たくされて泣き明かしたり、そんなことってあるのだろうか?
(だって、オレもヤスも男で……)
「俺はお前が好きだ」
「だけど、オレは男だぞ……」
何度も自問自答を繰り返した言葉を、悠羽は口にした。靖一は真摯な表情で悠羽を見つめて答えた。
「そんなことは判りきってる。それでもお前のことが好きだ。友達としてという意味ではなく、恋人にしたいという意味で」
「…………」
好き。靖一が、自分のことを、そういう意味で。
改めて靖一の顔を見つめ返して、ドキドキした。いつのまにかわずかに見上げるような身長差になってしまっている。少し前までは肩を並べていたというのに。
「お前はどうなんだ、悠羽」
「オレは……」
「俺の事をどう思ってる?」
「オレ、オレは……っ」
「俺が嫌いか?」
「嫌いじゃないっ」
「だったら、俺が好きか?」
「……わかんねぇよっ!!」
たまらずに悠羽は叫んだ。判らない。だって、今までそんなこと考えたこともなかった。仲のよかった親友と、そんな関係になるなんて。靖一のことは好きだし、失いたくない。いつもいつまでも一緒に居て、ずっと馬鹿な自分を導いて欲しいと思う。でも、それが恋愛感情なのかどうかまでは判らない。
「だったら、試してみよう」
そう言うなり、靖一が右手で悠羽の左頬をやさしく包み込む。大きな手に触れられてドキリと心臓が高鳴る。
「試すって…何を」
不安げに瞳を揺らせて悠羽が問う。答えながら、靖一の顔が近づいてくる。
「キスをしよう。それでもしも嫌だったら、お前は俺を好きじゃない。俺はおとなしくお前を諦める」
「……嫌じゃなかったら?」
どんどん近づいてくる靖一に、焦ったように声を上ずらせて悠羽は問う。
二人の唇が触れ合う距離で、靖一は答えた。
「お前は俺が好きってこと」
「……っ」
間髪あけずに、靖一が悠羽の唇に己の唇を重ねた。悠羽はきゅっと硬く目をつぶり、息を詰めて体を硬くさせる。
靖一の左手が悠羽の背中に回り、緊張する悠羽の気持ちをほぐそうとするかのように優しく上下する。
心臓がバクバクしすぎて、頭がぼうっとしてくる。背中をさする靖一の手が気持ちよくてなんだか熱くなる。
たまらずに、悠羽は靖一の胸にしがみついた。
「っは……」
ついばむようにして何度も何度も唇を奪われ、ようやく開放されて悠羽は苦しそうに息をつく。
「……どう?」
色気を含んだ甘く低い靖一の声に聞かれても、悠羽は何も答えることができない。
ただ、息が上がる。
「……少なくとも、嫌じゃなさそう、だよね」
言いながら、再び唇を重ねた。しかし今度はねっとりと、湿った何かが悠羽の唇の上を這う。ゾワリ、と背筋が粟立った。
それが靖一の舌だ、と認識したときには、右手の親指で顎をぐいと押されて口を開かされ、靖一の侵入を許していた。
咄嗟に身を引こうとするが、靖一の左手がしっかりと後頭部にまわされて抵抗を抑え込む。
「……っ」
歯の裏側から敏感な上あごを撫でられて、思わず更に強く靖一にしがみついた。
口の中を犯す不埒な侵入者を撃退しようと舌で押し返したが、逆に絡め取られて強く吸い付かれた。
今まで感じたことのない刺激に翻弄される。飲み込みきれない唾液が糸を引いて顎を伝う。
靖一の右手が顎を伝い、首筋を撫でる。そしてそのまま、だらしなくくつろげられたシャツの間から、鎖骨の形を確かめるように指を這わせる。
快感に抗いきれず、とうとう膝の力が抜けて靖一の胸に倒れ込むようにしてくずおれた。
「大丈夫?」
靖一は力の抜けた悠羽を優しく地面に座らせながら、自らも上気した顔で問う。
大丈夫も何もない。肩で息をしながら悠羽は靖一を見上げる。
「……そんな顔で、見るなよ」
言いながら靖一も、へたり込んだ悠羽の向かいに腰を下ろす。
「抑えが、きかなくなる」
言いながら、悠羽の中心を服の上から握り込む。思わず悠羽は靖一の肩を強くつかんだ。
「や、めろ、さわるなっ」
服の上から触れられて拒絶の言葉を口にしながら、それでも悠羽の抵抗は弱い。
「少し、硬くなってる。俺のキス、気持ちよかった?」
やめさせようとする悠羽の抵抗を抑え込んで、靖一が器用にベルトをはずしていく。
カチャカチャという金属音がやけに淫らに耳に響いて、悠羽は耳をふさぐ代わりに硬く目を閉じた。
ベルトをはずされ、ジッパーを下ろされ、熱を持ち始めた欲望を外に引きずり出される。
「あ……やめ…っ」
抗おうにもまともに力が入らない。いつもは割とひんやりしている靖一の手が熱い。
先端の敏感なところをいじられて腰を揺らす。
「やめて欲しくなんてないくせに」
右手で悠羽の熱をいじりながら、左手で悠羽のネクタイをするりと抜き取り、もどかしげにシャツのボタンをはずしていく。シャツの前をくつろげると、悠羽の健康的な肌色の首筋にかじりついた。
「……っ」
首筋から鎖骨にかけて舌が這い、ゆるい快感に息を飲む。その間にも、右手は悠羽の雄を直接的に刺激し続ける。
「やめろって……ヤスぅ」
自分の首筋に吸い付く靖一の白いうなじを見つめながら、悠羽は力の入らない腕で靖一の体を押し返す。だがそんなゆるい抵抗では火のついてしまった靖一を止めることはできない。
普段は意識することさえないような胸の突起をいじられて息を飲む。もどかしいようなもぞもぞとした感覚が胸の鼓動を早くさせる。
靖一に押し倒され、ごく自然に床の上に横たえた。
それまで首筋にかじりついていた靖一が、今度は空いていた方の突起を口に含む。指でいじられるのとは違うぬらりとした感触に驚いて身をよじる。
けれど靖一はそれを許さずに強く吸い付いた。
「……んっ」
ツキリと走る痛みと快感に、漏れそうになる声を抑えて呻く。
「聞かせろよ、お前の声」
靖一が目だけで見上げてそう言った。抗うように唇をかみ締めて首を振る。
「……いつまで続くかな」
言うや否や、悠羽の熱を弄る靖一の右手がさらに敏感なところを攻めた。
「んぅ……っ」
抑えきれない声が喉から漏れた。
「気持ちいい?」
意地悪な靖一の楽しそうな声。答える代わりに再び悠羽は首を振る。
だが嘘は許さないというように、靖一はさらに執拗に悠羽を責めた。
「……あぁっ」
胸を抑える靖一が遠のいたと思った瞬間、猛る欲望をその薄い唇に飲み込まれた。
悠羽は驚いて目を見開き、やめさせようと靖一の髪の毛をつかむ。けれど靖一は止まらない。
今まで経験したことのない快感に、悠羽はとうとうたまらずに靖一の頭を両手で押さえ込むようにして快感を追い求めた。
「ヤスっ……ヤス……っ」
息を荒げ、頭を振り、狂ったように男の名前を叫ぶ。
(駄目なのかな、オレたち。今までのままじゃ駄目なのかな……っ)
与えられる快感に翻弄されながら、自分のものとは違う靖一のやわらかい髪の毛をかき混ぜながら、悠羽は胸中で自問する。
(オレ、ヤスの特別でいたい。ヤスはずっとオレの特別でありたい。ずっといつまでも一緒で、馬鹿みたいにはしゃいで、一番近くにいて……!)
今までと同じように。この関係を壊したくない。変えたくもない。だけど、一歩を踏み出したら、それが全部壊れてしまうようなそんな気がする。
でももう、一歩は踏み出されてしまった。靖一が先に踏み出した。
後を追うかどうか、決めるのは自分だ。
壊したくない。失いたくない。
与えてほしい。もっともっと。感じたい。
何を……?
(靖一を――……)
自覚したとたん、心臓がドクンと大きく脈打った。
今までの何倍も、男としての靖一を意識した。
「あ…っ、んん……! ヤス、ヤス! も…だめっ」
頭の中が真っ白になる。何も考えられない。
感じるのはただ靖一だけ。
靖一が与える熱だけ。
「はな、し……っ」
耐え難い波が全身を襲う。つま先が床を掻く。
「……イクっ! ヤスっ……出る……!!」
出口を求めて湧き上がる快感を必死で抑えつけて靖一を引き剥がそうと抵抗をするが、叶わない。
それどころか、促すように靖一がきゅっと強く吸い付いた。
「あっ、あぁぁ………っ」
とうとう悠羽は、白濁した熱を靖一の口腔内に放っていた。
- 作品名
- 悔いなきカタチへ 第六話
- 登録日時
- 2007/09/14(金) 12:15
- 分類
- TOシリーズ::悔いなきカタチへ