Other Side Story
放課後の保健室の窓から、タバコの煙がうっすらともれている。
校庭とは反対側にある校門を見るとはなしに見つめて、吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。苦味が広がるのを、眉根を寄せて堪え、短くなったタバコの火を手の中の携帯灰皿でもみ消した。
「……お人好しね、俺って」
声に出して苦笑する。
言葉を返してくれる相手は、今はもうここにはいない。
「恋敵にわざわざ手を貸してやることなんかなかったのに」
それでも京一は、ひとりごちるのをやめられなかった。
自分に向けて言う。
「そうしたら、あいつは自分の気持ちに気付かなかったかもしれないのにね」
切ない瞳で、今にも落ちそうな太陽を見上げた。赫々と燃える太陽は、明日のために沈んでいく。
「好きだった」
暗くなった保健室で、
「愛していたよ」
決別を惜しんで囁く。
今はもう、その言葉を聞くものも、聞かせる相手もいないけれど。
「あれ、いるじゃないですか」
ドアを開ける音と人の声に、京一は窓の外から視線をはずした。
「もう暗いんですから、電気くらいつけてくださいよ。いないのかと思いましたよ」
言いながら、男は電気のスイッチを入れた。
「……穂積先生」
苦笑を浮かべる男性教師の名を、いつの間にか気を張っていた肩の力を抜きながら呼んだ。
京一はよりも二つから三つほど年の若い、国語教師だ。彼はこの保健室を、時々仮眠室として利用する。
「……また寝に来たのか?」
「ええ」
呆れて聞けば、にこやかに笑顔で返される。
「俺はもう帰るよ。鍵は頼んだぞ」
「はい。あ、電気、消して行って下さい」
そう言いながら、とぼけた国語科教師はカーテンの向こうへ姿を消してしまった。
「まったく」
ぼやいて、京一は電気を消し、保健室を出た。
誰もいなくなった廊下を歩きながら、京一は胸ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
廊下を行きつつ思う。
いつものことだと。
これからまだ、楽しいことが待っている。だから今はまだ待とう。
苦い思いを胸にしながら。
- 作品名
- 風の中へ 番外編
- 登録日時
- 2002/08/22(木) 10:00
- 分類
- TOシリーズ::風の中へ